2011年12月01日

講演会を聞いてきました。

早いものでもう師走・・・
年々1年が過ぎるのが短く感じられるようになってきましたが、今年は特にあっという間だったように思います。

3月11日の大震災。
あの日から2ヶ月程は暮らしていくのに精一杯で季節の移ろいも時の流れも全て止まった感じがしていました。
空白の2ヶ月・・・まさにそんな感じです。

あの日からもう直ぐ9ヶ月。
未だに余震も治まらず安心して暮らすことはできていません。
それでも少しずつ前に進もうと思えるようになりました。

そんな折に娘の学校に宮城の地方紙『河北新報』の記者さんを招いての講演会があると聞き、今なら冷静にあの日の話を聞けるとおもい出掛けて来ました。


その記者さんは河北新報の本社ビルであの大震災に遭い、そのまま2日間気象台などの取材に走り回ったそうです。
その後一度自宅に戻り着替えをして直ぐに津波の被害が大きかった南三陸町へ出かけていきます。
その日から2ヶ月間毎日片道3時間をかけて南三陸町に通い続けて取材をしたそうです。
あまりにも被害が甚大で泊まる場所などなく通い続けるしかなかった・・・
そんな風におっしゃっていました。

記者としての仕事を全うしようと日々取材を続けていても中には『お前の取材に答えたら家が元に戻るのか?家族が戻って来るのか?』と怒り出す人も多かったそうです。
そんな時周りを見回すと警察・消防・自衛隊の人達は被災者と直結した仕事を泥まみれになりながら精一杯やっていた。
その姿を見て自分もレスキューすることが出来たらどんなに良かったか・・・と思ったそうです。
でも自分の仕事は真実を伝えること。情報を与えること。そして歴史の記録を残すこと。
まずは今起きている事を誠心誠意伝えていこう!
そう考え直して気持ちを奮い立たせ取材を続けたそうです。

その後10日程経つと取材を受ける人たちの様子に変化が出始めたそうです。
『自分の事を記事に載せて欲しい。』という人達が増えたそうなんです。
それは通信手段が寸断されて自分の無事を知らせたくても手立てがなく新聞の記事に載ればきっと自分を心配している人に無事を伝えることができるだろうと考えてのことでした。
取材を受けてくれた人の意思を伝えるのも自分の仕事なんだと気づいた出来事だったそうです。


また逆に被災地へ情報を与えるのも新聞の役目だったそうです。
停電でテレビはつかない。ワンセグもバッテリー切れ。
ラジオからは同じような情報しか入って来ない。
自分達の周りがどんな状況になっているのかを知る術がありません。
そんな情報を伝えるために記者さんは毎日50部の新聞を持参し、各避難所の壁に全て貼り出したそうです。
紙面の写真を見て初めて現実に起こった大災害を目の当たりにした人も多かったのではないでしょうか・・・

現に私も震災翌朝に届いた新聞の写真を見て言葉を失いました。
昨夜ラジオから流れていた惨状を伝える言葉と新聞の写真がピッタリと一致して状況がやっと飲み込めたような状態でした。
その時初めて『大変な事になったな・・・』と思ったのです。

震災の翌日に届いた、たった1枚の新聞ですがそれが届けられるまでにはたくさんの努力と苦労があったそうです。
河北新報の本社ビルも大きな被害を受け新聞を編集する機械が壊れてしまったそうです。どれだけ記者の皆さんが走り回って情報を集めても記事に出来なければ意味はない・・・
そんな時にいち早く助けを名乗り出てくれた新聞社が『新潟日報』だったそうです。
取材で得た情報は全て新潟日報に送られ、そこで記事に仕上げたものを河北新報に送り返してくれたそうです。
そのデータをかろうじて難を逃れた印刷所に送り新聞を印刷!
翌日には殆どの家に新聞が届けられ、多くの人が私と同じように言葉を失ったのだと思います。



そして忘れてはいけないのが配達員の方達の存在です。
大震災の翌朝。しかも早朝。大きな余震もひっきりなしで危険な状態。
誰もが自分の事で精一杯の中、自分の仕事を全うしようと販売所に集まった配達員さんがたくさんいたそうです。
その方達のおかげで私達は新聞を見ることが出来たんですよね。
今更ながら感謝の気持ちでいっぱいになりました。



5月の末、取材を続けていた記者さんが目にした光景。
それが今でも忘れられないそうです。
一番大きな避難所になっていたベイサイドアリーナの夕暮れ時。
役場の職員さんが仮設のお風呂場から濡れた髪を拭きながら出てきたそうです。
そして炊き出しのお蕎麦の出汁の香りをかいで『おぉ〜うまそうだなぁ〜』と一言言って列に並んだそうです。

特に変わった風景ではないように思いますが、役場の関係者や公務員の方たちが風呂に入ったり炊き出しに並んだりする事はそれまで決してなかったそうなんです。
被災者優先。それが少しずつ緩んで余裕がでてきた証。
その光景を見て、『やっとここまできたか・・・次のステップに進んだな。』と思い嬉しかったそうです。
その時、避難所にいた老人が言った言葉が頭に浮かんだそうです。

『どんなに辛い出来事でも、いつかは思い出に変わるんだ!』

とても重たい一言だと思います。



少し前に記者さんは小3の娘さんを被災地に連れて行ったそうです。
屋根の上まで津波にのまれた小学校を見せ、塩害で枯れて半分変色した山を見せ、被害を受けた現場を目の当たりにして自分のものさしで被害の大きさを測って欲しかったからだそうです。

今まで私は現実を見るのが怖くて一度も被害の大きかった地域に行った事がありません。
もちろん娘にも見せてない。
でもそれではいけないのかなと思い始めました。
今見ておかなければいけないのかも・・・
そしてそれを伝えるのも私達の役割なのかな・・・
怖がっていてはいけないのかも知れませんね。



ここには書ききれませんでしたが、まだまだいろいろな話を聞きました。
改めてとてつもなく大きな災害を経験してしまったと思いました。

それでも我が家は全員無事で、家も多少の傷は出来たけれど問題無しで
4日間の停電、18日間の断水を経験しただけで済みました。
ありがたいの一言です。

いずれ機会をみて娘と一緒に被害の大きかった地域を訪ねてみようと思います。
けっして興味本位ではなく、心の奥に刻み込むために・・・



ニックネーム はりねずみ☆ at 16:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

onagawa fish

2011_06150nagawa0001.JPG



あの大震災から3ヶ月が過ぎました。
でも未だに明るいニュースは聞こえてきません。
どんなに元の暮らしに戻ろうと頑張っても個人の力では限界があります。
先の見えない生活にとれだけ多くの人達が不安を抱えているのかと思うたびに心が痛みます。
何か自分のできる事で手助けできればと日々考えてはいるものの、何をどうすればいいのか思い悩む日々・・・
そんな時にお友達が素敵な贈り物をくださいました。
それが写真のキーホルダーです。


これは震災で大きな被害を受けた宮城県北部の港町『女川町』の『小さな復興プロジェクト』というところが作ったものです。


同封されていたパンフレットから転写します。

『被災者の自立・復興のきっかけづくり』
そして購入者(支援者)の『支援への実感』がこの『小さな復興プロジェクト』のテーマです。
onagawa fishの代金は、女川町で製作している方々へ直接届けられます。
そしてご購入頂いた方には支援参加の証としてonagawa fishがお手元に残ります。



1つ1つ手作業で作られたキーホルダーは木のぬくもりが温かく感じられ、とても優しい感じがしました。


支援の仕方もいろいろとあるんだなぁ・・・と改めて気づかされました。
この先、復興までの道のりは途方もなく遠いものだと思います。
1人でも多くの人がこの震災の事を忘れずに支援し続けてくださるように祈るしかありません。
私も無理せずに続けられる手助けを自分なりにやっていきたいと思っています。

津波被害・原発被害の影に隠れてあまりマスコミにも取り上げられませんが、地震による地盤沈下で一瞬にして我が家を失った人もたくさんいます。家は残っているけれど危険判定を下されて家に戻れない人もたくさんいます。
そんな人たち1人1人が安心して穏やかに暮らせる日が来るまで支援の手を休めてはいけないんだと強く感じています。


ニックネーム はりねずみ☆ at 18:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

一歩ずつ前へ。

震災後たくさんの方達に心配して頂きました。
ブログを通してお付き合い頂いているお友達はもちろん、今はブログをお休みしているお友達まで!
コメントを読んだ時、こんなに私の事を思ってくれている人達が居るんだと、すごく心強く思いました。
今もブログをされている方達にはコメントをさせて頂きましたが、お休みされている方達にはこの場でお礼のコメントに代えさせて頂きます。

ころころさん みっちゃんさん ハーモママさん たけちゃんママさん

本当にありがとうございました♪
まだまだ不安なところもありますが頑張って少しずつ前に進みたいと思っています。これからもヨロシクお願いします。

                        はりねずみ☆より





あの大地震から1ヶ月半が経ちました。
まだ1ヶ月半、それとももう1ヶ月半・・・

未だに気持ちを上向ける事が出来ずにいました。
今までの私はこんな風じゃなかったのに・・・と思う事ばかり。

家に居れば壁のキズや床のキズが目に入り、未だに高い場所に物を置くことさえ躊躇してしまいます。
お風呂の水も満杯じゃないと心配で、洗濯に使うのも考え考え・・・
携帯のバッテリーも一つ減っただけで充電してしまいます。

外に出れば道路はひび割れだらけで、少し車で走れば土砂崩れの跡・・・

今まで通っていたお店もたくさん閉店になってしまいました。
お気に入りのペットショップ、時々食べに行った焼肉屋さん、大好きだった雑貨屋さん・・・

お友達と楽しく過ごした『グランディー』の体育館は遺体安置所になっています。

あんなに大きな地震だったのだから、仕方ない事だと頭では分かっているけれど、どうしても気持ちがついていきません。

大雑把のO型のはずだったんだけどなぁ〜


私が中学3年の時に経験した『宮城県沖地震』の事を時々思い出すのですが、子供だった事もあって、あまり辛い思いをした記憶がありません。
確かにガスも電気も水道も止まってしまったし、余震もたくさんありました。
でも学校に行けば友達と普通に過ごせたし、家に帰っても普通にご飯を食べていたような気がします。(質素ではありましたが・・・)
それはきっと父や母が一生懸命に努力してくれていたからなのでしょうね。

そして今回、今度は私が母親で昔の私と同年代のお姉ちゃんを守る立場での震災を経験しました。
当時の父や母のように強くなくてはいけないと思いながらも、とてもそんな風には出来ませんでした。

体調を崩した事も原因の一つですが、お姉ちゃんを不安な気持ちにさせてしまって『家に居ると落ち着かない。怖い。眠れない。』と泣かれてしまいました。

母として失格だなぁ・・・と心から思いました。


いつまでも前を向けないでいるのはもう止めにします!
そんな事をしていても何も変わらない!
少しずつでも前を向いて進んで行こうと心に誓いました。

体調はまだ元には戻っていません。
通院も続いています。
でも季節も変わって春真っ盛りです。

桜も咲きました桜
庭のネモフィラやヒヤシンスの花も綺麗に咲いています。
ローズマリーも薄い紫の花をたくさん咲かせています。

私も頑張らなくちゃ手(チョキ)顔(笑)手(チョキ)




パク・テラは・・・
ニックネーム はりねずみ☆ at 17:38| Comment(8) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

恐怖、再び。

3月11日(木) 午後11時34分 震度6弱の余震発生。

ライフラインも復旧して、あの大震災の恐怖が少しずつ遠ざかって行きつつあった私達を再び現実に引き戻すかのような大きな揺れでした。

震災後、2階で寝るのが怖くて1階の和室で家族全員で寝るようになっていました。
昨夜も布団を敷いて横になりパクもテラもそれぞれに自分の好きな所で寝息をたて始めていたところに激しい縦揺れの後に大きく揺さぶられるような横揺れが長く続きました。

本震ほど長くはありませんでしたが、私達を再び恐怖のどん底に突き落とすには充分な大きさでした。

地震の途中ですーっと消えていく照明・・・
あちらこちらから聞こえるガシャンガシャンと物が落ちる音・・・
家のあちらこちらがギシギシと軋む音・・・

パクとテラを抱き寄せながら『あぁ〜これでまたアノ生活の繰り返しだ・・・』
そんな絶望感でいっぱいになりました。


パジャマから服に着替えて、片付けてしまった懐中電灯とラジオを取り出して、パクとテラにリードを着けて、一時外に非難しました。

暗闇の中、ご近所の方達との安否確認を済ませて余震があまり来ないのを確認してから家の中に入りました。

とりあえず横になってはみたものの眠れる訳もなく、ウトウトしたのは空が明るくなってからでした。

再びやって来た『停電と断水の生活』

それでも家族全員無事なんだから頑張らなくちゃいけないと気力を振り絞って朝ご飯を食べました。

その後私は貧血の注射をしてもらいに病院へ出かけました。
所々信号が止まっていました。
電線がタレ下がっている所もありました。
でもあまり大変な思いはせずに病院に到着しました。


そして午後4時頃、電気が復旧。
水道も出ているようです。

とりあえずいつもの暮らしができそうで一安心しましたが、もう地震はたくさんです・・・
1ヶ月の間に2回も大きな地震を体験するとは夢にも思いませんでしたよ(汗)



我が家の被害状況。
ニックネーム はりねずみ☆ at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

必要だったもの。

今回の大震災を経験して本当に必要だったものを書いておこうと思います。


まず必要になったのがラジオ。
震災当日は情報を得る手段はラジオしかありませんでした。
携帯のワンセグも最初は写っていましたがバッテリーがあっという間になくなってしまい、肝心な時に電話やメールを使えなくなってしまいます。
電池式で手動でも充電できる物があれば便利だと思います。
我が家のラジオは手動で携帯の充電も出来る機能がついていましたが、肝心な時に壊れて使えませんでした・・・

2日目3日目になって身近な情報(給水場所・配給場所・開いている店舗など)を得たい時はラジオでは無理なので近所の公民館や学校・避難場所に張り出される情報を自分の足で集めなくてはいけません。
近所の方達との情報交換はとても役に立ちました。


次に必要になったのが水を貰うための容器。
始めのうちは1人2リットルしか貰えなかったのでペットボトルで充分でしたが、他県からも給水車が来るようになると貰える量が増えていきます。
給水用のポリタンクを持っている人が多かったですが、我が家にはそれがありませんでした(汗)
日頃から地震に備えていろいろと準備はしていたのですが迂闊でした・・・
人によってはクーラーボックスに大きなビニール袋を入れている人もいました。
あと、ポットとかウォータージャグ、炊飯器、お鍋なんて人もいましたねぇ〜
我が家ではプラスチック製の収納ボックスにビニール袋を2枚重ねで入れて、そこに水を入れてもらいました。
ビニール袋の口を閉めれば水が漏れることもなく衛生的でしたよ!


それから、重たいお水を運ぶ物。
毎日の給水に車で出かけるわけにもいきません。
ガソリンも大事だし、駐車場所の確保も大変です。
そこで台車やアウトドアなどで使うキャリーカートが大活躍していました。
我が家にはそれも無かった・・・
そこで自転車やキックボード等で工夫しながら運びました。
そうそうスケボーで運んでいる人もたくさんいましたよ。



ガソリンもとても大事です。
車は一時的な避難場所になるし便利なのですがガソリンがないと困ります。
震災当日、我が家のガソリンは満タンでした。
良かったぁ〜と思っていたのですが、翌日パパが開いているお店を求めて走り回り半分以下まで減らしてしまいました。
お店も2.3日経つとポツポツと開きだすので焦らない事が大事なのに・・・
これは後々まで後を引く大失敗でした。
未だにガソリンスタンドは長蛇の列です。
どうしても必要な時以外は車を使わないように頑張っています。



そしてカセットコンロと詰め替え用のガス。



お皿が洗えないので紙皿や紙コップ。
これも我が家にはあまり在庫がありませんでした。
お店にいっても売り切れ続出でなかなか買えません。
仕方なくアルミホイルやラップでお皿やコップを包んで使い、食べ終わったら剥がして捨てるを繰り返していました。
でもこれは案外便利でゴミがかさ張らず衛生的だったと思います。
何故かアルミホイルはお店にたくさん残っていたし☆


携帯電話もすごく必要でした。
でもなかなか繋がらないのが現実です。
メールも『センターにメールがあります。』とメッセージが出ていても実際に問い合わせても全然繋がらない・・・
電話も呼び出していても切れてしまう・・・
早く家族の無事を知りたくてもなかなか繋がらず不安が増すばかり・・・
そんな方たちがたくさんいたと思います。
そんな事をしているうちにバッテリーはあっという間になくなってしまいます。
今回とても必要だったのは電気を使わずに携帯に充電できる部品です。
電池から充電する物や車のシガレットヒーターから充電する物、手動で充電する物などを買っておくと絶対に役立つと思います。
我が家にも1つ電池から充電できる物があったのですが実際に使ってみたら型が合わなくてダメでした・・・
そんな失敗をしないように事前に確認を忘れずに!



ウエットティッシュも必需品でした。
水がたくさん使えないので手を拭いたり顔を拭いたり・・・
とにかく便利でした。
でも直ぐに売り切れで買えなくなります。
日頃から在庫しておくと安心です。



これはあくまでも自宅で過ごせる程度の被災地の場合ですが・・・
震災が起こった時には行政もパニック状態です。
3日もすればいろいろな体制が整って物事がスムーズに動き出します。
慌てて行動しなくて済むように3日分のお水や食料を準備しておくと良いと思います。
真夏でなければ冷蔵庫の品物も3日くらいなら大丈夫だと思います。
我が家の冷凍のお肉などは始めは保冷材として活躍し、解けた順に調理して食べていました。
食べ物や飲み物に余裕があれば落ち着いて行動でき、慌てて走り回ることもないと思います。



ペットがいる家ではペットフードや水、これは3日分では足りません。
お店が開いてもペット用品などは買えない事が多かったです。
ペット達も環境が一変してすごくストレスを感じているはずです。
いつものフードを食べさせてあげられると安心です。

そしてトイレシート。
トイレシートは震災直後は買えなくなりました。
ホームセンターは店頭でポリ容器やガスコンロ・ガスボンベ、トイレットペーパーやティッシュなどのみの販売になりお店の中に入れませんでした。
我が家はたまたまドラッグストアで1つ買うことが出来ましたが普段から在庫をしておく方が安心だと思います。




一番精神的に辛かったのがトイレです。
流せない事があんなにストレスになるとは・・・
これも学校のプールの水をもらえることを知ってから随分と楽になりましたが、紙を一緒に流すと水を大量に使うので紙は流さずに袋に捨ててゴミに出すようにしました。



そして最後に一番必要な物。
ご近所や知人・友人との繋がりです。
今回の震災でとてもたくさんの人に助けてもらいました。
給水や配給の場所や時間を教えてもらったり、開いているお店の情報を教えてもらったり・・・
給水場で並んでいる時にちょっと列を離れなければならなくなった時、快く場所取りをしてくれたり・・・
『菓子パンが手に入ったので、お姉ちゃんに』と冷たい雪の中を届けに来てくれたり・・・
『電気も水も復旧したからお風呂においで』と誘ってくれたり・・・
『お水が出たから使って』と届けてくれたり・・・
本当に人の温かさを心から感じた日々でした。

こんなに素敵な人達がたくさん居るんだもん!
きっと東北は大丈夫!
みんなで差さえあって、また笑顔で暮らせるようになるまで頑張るのみです!

私も頑張らなくちゃ(^^)v


ニックネーム はりねずみ☆ at 17:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今思うこと。

今日から4月。陽気も随分と春らしくなってきました。
あの大地震から21日・・・

私の住んでいる地域はライフラインも復旧して徐々にいつもの暮らしに戻りつつあります。
30日には、学校・幼稚園・保育所などで終了式や離任式を行ったところが多いようです。
我が家のお姉ちゃんの高校も30日に終了式と離任式が行われました。
久しぶりに制服姿で自転車に乗ったお姉ちゃんを見送りながら少し涙が出ました。
その後ろ姿は以前と全然変わっていないのに、世の中の状況は想像を絶する状況・・・
あまりの変貌に私自身まだ着いていけてないのだと思います・・・

でも泣いてばかりいても何も始まらない!
幸い私の家族は全員無事で、住んでいる場所も今は不自由なく生活できています。
まずは自分の生活をしっかりと立て直して、私にできる何かを見つけなければいけないと思っています。

物を買うことでも地域に貢献している事になる!
義援金に協力することもできる!
節電・節水にも気をつけよう!
今の気持ちを忘れないようにしよう!

私が今できる事をひとつひとつコツコツとやっていく事で復興のお手伝いができる事を信じて頑張ろうと思います。


そんな中、今日お姉ちゃんはボランティアをしに隣の町まで行っています。
学校も部活も4月の下旬までありません。
体力は有り余っています!(笑)
そんな子達がたくさんボランティアに参加しているらしいです。
滅茶苦茶になった家の片付けなどを手伝う仕事らしいですが、怪我をしなければ何をしてもOK!
この経験は絶対に無駄にならないと思います。
誰かの助けをしてみようと決心したお姉ちゃんを誇りに思う母です☆


私も一緒に行きたかったのですが、実は3月始めから生理が止まりません。
(変な話で申し訳ありません(^^ゞ)
以前もそんな事があって病院で診てもらったのですが、年のせいだと・・・
閉経が近づいているサインだそうで・・・(汗)
そんな訳で貧血が酷くて今は2階に階段で上るだけで息が切れて立っていられない状況・・・
病院の予約がやっと取れたので来週には診察してもらえるので大丈夫ですが、そんな状態でボランティアに行っても迷惑なだけなのでねぇ・・・
まずは体調を整えてそれから頑張ることにします。


阪神淡路大震災の経験を生かして被災したペットの保護や一時預かりをしてくれる団体がたくさん被災地に駆けつけてくれているそうです。
そんなニュースを見ると胸がいっぱいになります。
1匹でも多くのペットが安全な場所に保護されて、いつの日か飼い主さんの元に戻れることを心から祈っています。

我が家のパク・テラは幸いにも怪我もなく、震災後もご飯やお散歩など充分にしてあげられました。
一緒の布団で寝て、寒い夜は一緒に温めあう事ができました。
そのことに感謝しながら、これからも大切にしたいと心から思う今日この頃です。
あの緊迫した日々の中でも時折見せてくれるパクとテラの笑顔にどれだけ救われたか・・・
本当に無事でいてくれてありがとう♪
今は、そんな気持ちでいっぱいです。


ニックネーム はりねずみ☆ at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

水が出た!

28日の午後、パクとテラのお散歩を終えて洗面所でブラシをしている時にお姉ちゃんとふざけながら『どうせ出ないんでしょ!!』と洗面台の蛇口を上げてみたらアラびっくり(*_*)
水が少〜し出たではありませんか!

お姉ちゃんも私も大興奮の瞬間でした。
とりあえずバケツに溜めてみたら半分入ったところで止まってしまいました。
でも嬉しい前進!
もう少しの辛抱のようです。


そして翌日(30日)の朝、蛇口を上げてみたら水量は少ないけれど、一定の強さで水が出ていました♪
やったぁ〜これでいつもの生活に戻れる!

ものすごく嬉しかったです。

まずはキッチンのシンクの掃除をして、続いて洗面所の掃除。そしてトイレの掃除をして気分爽快♪

あとは取説を見ながら温水器のタンクに水を溜めて夜にお湯を沸き上げられるように準備をしました。

オール電化の我が家は温水器にお湯ができれば元通り!いつもの暮らしに戻れます。

そして今日(31日)、温水器にお湯も溜まり19日ぶりに元の生活に戻ることができました。

これで一安心なのですが、水の無い生活に慣れてしまって、トイレの水を流し忘れたり、溜めてある水で洗い物しようとしたり・・・いろいろと笑える失敗を繰り返しています(^O^)

今回の震災で電気や水の大切さがイヤという程分かりました。
これからは節水・節電を心掛けて頑張ろうと思います。

そうすれば自然と家計も楽になりますよね♪

そう言えば思いがけなくダイエットをしたようです。
お風呂でへこんだお腹に驚きました!


ニックネーム はりねずみ☆ at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

その時パク・テラは!

3.11

あの大震災を経験した犬や猫、その他のペット達はどれほどいた事だろう・・・

その中で悲しい運命を辿ってしまった子、大切な飼い主を失ってしまった子、飼い主と離れて避難所で暮らしている子・・・そんな子達がたくさんいるのでしょうね。その事を考えるといたたまれない気持ちになります。
何か私に出来ることがないかと模索する日々なのですが、実際にはまだ何も行動できずにいます。


我が家のパクとテラはお留守番中にあの大地震に襲われました。

誰も頼れる人がいない中、2人だけであの地震の恐怖と戦わせてしまった事を悔やむ気持ちでいっぱいなのですが、今になって冷静に考えるとお留守番中でケージの中にいたからこそ怪我もなく、パニックで外に飛び出して迷子になることもなかったのだと思います。

外出先から家に戻った時、パクとテラはケージの中で放心状態でした。恐怖で声も出ない状態で抱き上げると体が小刻みに震えていました。

抱っこで少し落ち着いてからケージに戻すとまた震え出す・・・そしてまた抱っこ・・・
そんな事の繰り返しでした。

その後は余震が来る度に怯えて私たちの元にとんでくる。眠っていても直ぐにビクッとして目を覚ます。どこに行くのにも後を追っかけて来る・・・

そんな事の繰り返し。

結局、震災当日の夜は一睡も出来なかったように思います。


翌日からは水や食料品や日用品を得るために走り回らなくてはいけなかったのでパクとテラはお留守番が多くなりました。
お留守番中も余震がひっきりなしに起こります。
それがまた怖かったのだと思いますが、パクもテラもお腹の調子が悪くなってテラに至っては血便が出る始末・・・

でも外出を止める事はできないし、何時間並ぶのか検討もつかない場所にパクとテラを連れて行く訳にもいきません。
仕方なく、なるべく誰かが家で待機するようにしながら私たちは物資の調達を続けました。

今回の地震の余震はなかなか少なくなりません。
今でも日に数回ドキッとするような余震が来ます。
その度にパクもテラも落ち着きをなくして慌てて私たちも元に駆け寄って来ます。
こんなパクとテラを見ると可哀想で仕方ありません。

寝る時もケージでは落ち着かないので布団で一緒に寝ています。

少しずつ生活が落ち着いてきた今、パクとテラが少しでも安心して過ごせるように心掛けてあげたいと思っているところです。

ニックネーム はりねずみ☆ at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

東日本大震災 14日目〜本日まで

3月24日 震災14日目

震災から2週間が経ちました。
日にちの感覚も曜日の感覚もなく日々必死に過ごしてきたような気がします。
2週間が長かったのか短かったのかさえ分からないような感じです。

この日お風呂の気持ち良さに味をしめ、再度入浴施設に出かけました。
水の出ていない地域は随分と限られてきたので並ばずに中に入ることができました。
中に入ってみると数人知った顔の方たちがおりまして・・・
『こんな格好で失礼します。』なんて挨拶を交わしたりしました(笑)
さすがに少し恥ずかしかった・・・

帰りにコンビニが開いていたので覗いてみると陳列棚はどこもガラガラ。
でもおにぎりがたくさん並んでた!
中身は何かなぁ〜なんて覗いてみたら、なんと全てが明太子(@_@;)
選ぶ余地無し!でもしっかりお買い上げしました(笑)
そして隅の方にエビドリアが3つ残っているではありませんか!
久しぶりのご馳走♪すかさずゲットです(^^)v


3月25日 震災15日目

さすがに洗濯物が溜まってきたので近所のコインランドリーに出かけました。
みんな山盛りの洗濯物を抱えて並んでいました。
待つこと2時間半。
無事に洗濯を済ませることができました。

コインランドリー初体験だった私とお姉ちゃんは挙動不審で恥ずかしかったです。
でもココで知り合ったおば様にいろいろと教えて頂いてスゴク助かりました。

そう言えば震災後、いろいろな行列に並んで前後の方達とお話する機会が多かったのですが、どの方達も親切で自分の知っている事は何でも教えてくださいました。
近所のお店の情報、給水車の情報、震災ゴミの情報・・・いろいろと教えてもらって本当にありがたかったです♪
こんな時だからこその繋がりなのでしょうね。


それで思い出したのですが、19日の土曜日に町内会の定例会があったのです。
『えぇ〜こんな時に・・・』なんて思いながら出かけたのですが、数人の欠席者は居ましたがほぼ全員の出席。
少しでも地域の暮らしを良くしようと皆さん必死でした。
それなのに『何も情報が入ってこない。誰も助けてくれない。』と不満を言い出した人が居て一瞬で場内の空気が変わりました。
私より少し年上のご婦人でしたが、自ら何も動かずに情報や助けを得ようとする姿勢に呆れて声も出ませんでした。

動ける人はみんな徒歩や自転車で給水所や買い物、会館に張り出される情報を得るために走り回っています。
そこで情報を交換して少しでも暮らしを良くしようと頑張っているんです。
こんな時に自宅で待っていて何かを得ようとするなんて・・・
勘違いにも程がある・・・!

そんな風に皆から言われてご婦人は不機嫌そうでしたが仕方ないですよね。



3月26日 震災16日目

節水の為、大好きなコーヒーを封印していましたが今日ついに我慢の限界で飲んでしまいました(笑)
紙コップ1杯の熱いコーヒー☆ とっても美味しかったです。

少し早起きをしたので朝食前に近所のスーパーまで買い物に行って来ました。
食パンが買えるって情報をゲットしたので(^^)v

夜の間に雪が積もっていたので徒歩で15分。
売り場に入ると『愛しの食パン』が棚にたくさん並んでた☆
2週間ぶりのパンをゲットできて嬉しかったなぁ〜♪
ピザ用のチーズも買って今日の朝食は久しぶりのパン食でした♪

お肉や野菜なんかも少しずつ店頭に並ぶようになってきて、ほんの少しですがいつもの暮らしに戻りつつあります。
何かを得ようとすれば早起きや努力が必要だけど、頑張れば手に入るという安心感もあります。

必要以上に買いだめする事無く、必要な物を必要なだけ買うようにすれば地域の人たちの暮らしも随分と楽になるような気がします。

今私にできること。
それを積み重ねていつの日かこの震災の思い出を微笑みながら話せるようになる日まで頑張るしかありませんね!


ニックネーム はりねずみ☆ at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東日本大震災 10日目〜13日目

今日やっとネットが繋がりました。
これで慣れない携帯からアップしなくて済みます。



3月20日 震災10日目

4日前にあまりの行列に諦めたお風呂に再チャレンジしてみました。
一度だけシャンプーはしたものの、10日もお風呂に入れないなんて前代未聞!
この日は『何がなんでも入ってやる!』と覚悟を決めて近所の入浴施設に行きました。

オープンの30分前に到着したら、あらら!?
4日前の10分の1位の行列。しかも列は滞ることなく進んでる♪
水が出始めた地域もあるようなので利用者が少しずつ減ってきたようです。

並んで30分もしないうちに中に入れて10日ぶりのお風呂を満喫しました☆
体が軽くなって気分爽快♪

帰り道、レンタルビデオのお店が開いているのを見つけて、お姉ちゃんと2人で見たいDVDを借りて来て、家でのんびり鑑賞しました。



3月21日 震災11日目

お友達の地域は水が出たそうで、クーラーボックスいっぱいの水を差し入れてくれました。
近所に給水車が来ていくらでも水をもらえるようになってはいましたが、やはり大変なのでこの差し入れはとっても嬉しかったです♪

ちょっとだけお水に余裕ができたので今まで溜まっていた洗濯物を少しだけ片付けることにしました。
大きな物は無理なので下着や靴下などの小物類ですが洗面所に広がった洗剤の香りに心が洗われる様な気分になりました♪

こんな小さな幸せさえ感じることができなくて辛い日々を過ごしている人がたくさんいるんだなぁ・・・と改めて感じる瞬間でもありました。



3月22日 震災12日目

パク・テラのトイレシートの残りが少なくなってきました。
馴染みのペットショップは復旧が早かった地域にあるのでもしかしたら開いているかも!と車で出かけてみました。

途中にマックがあるのですが、数人でお店の片づけをしていました。
話を聞いてみたら『2.3日中にオープンします。』だって♪
食べたいものが食べられない生活。無性にハンバーガーが食べたくなりました(笑)

話が反れましたが、ペットショップは開いていました!
トイレシートも残り少ない在庫でしたが無事にゲット。
いつも食べているレトルトのドックフードは在庫も豊富で少し多めに買うことができました♪

そんなペットショップの店内はシャンプーやトリミングをするスペースの天井が崩れ落ち、熱帯魚などの売り場は割れた水槽のガラス片や砂利、水草などが床一面に散らばって足の踏み場も無い状態。
そして魚や両生類独特のあのニオイが売り場全体に漂っていて少し気分が悪くなるような状態でした。
マスクと手袋を付けて清掃作業をしている店員さんに頭の下がる思いでお店を後にしました。



3月23日 震災13日目

疲れているのか無性に甘いものが食べたくなりました。

近所のケーキ屋さんがオープンしていて小さな子供が嬉しそうに箱を抱えて歩いている姿をパクとテラのお散歩の時に見かけました。
『買いに行こうかなぁ・・・』なんて思ったりもしたのですが、きっと数量限定で作っているに違いありません。
こんなに凄い震災を経験して毎日怖い思いをしている子供達にいくはずのケーキを私が買ってしまったら可哀想だなぁ・・・なんて思いもありまして・・・

結局ケーキは諦めて、スーパーで見つけたケーキミックスでチョコケーキを作ってみる事にしました。
パパの会社からの差し入れで玉子も牛乳もありました!
しかも何もする事ができないので、時間はタップリあるんですよ(汗)
レンジから甘〜い香りがしてきた時は思わず『むふふふ♪』と笑みがこぼれました。


続く
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2011年03月25日

東日本大震災 7〜9日目

3月17日 震災7日目

朝起きると雪が積もっていました。
こんな寒い日に出歩いて何時間も行列に並んだら風邪をひいてもおかしくない!
そんな事になったら困るので家でのんびり過ごす事にしました。


3月18日 震災8日目

雪は融けたけれど寒い1日でした。
まずはトイレの水を汲みに小学校のプールに行きました。

パパはそろそろ上海に戻る手立てを考えなくてはいけない時期に入りました。
とは言っても空路も新幹線も高速バスも閉鎖されてたり、予約が取れなかったり・・・
そんな訳でレンタカーでも借りられればと最寄りの地下鉄の駅まで出かけて行きました。
が・・・結局レンタカーも予約でいっぱいでした。
さてさてどうしたものか!?

ところが夜にラッキーな知らせが舞い込んで来ました。
会社の物流さんがこちらの避難所に物資を届けて神戸にとんぼ返りするので大阪までパパを乗せてくれると言うんです。

と言う事で急な話しですが、明日の朝パパが帰る事になりました。


3月19日 震災9日目

朝7時に家の前にトラックが着きました。
嬉しい事に食料品や水、日用品などをたくさん持って来てくれました♪
一番嬉しかったのはガソリン!これで少しは車を使う事ができます♪

あっという間に荷物を下ろしてパパを乗せたトラックは出発して行きました。

後に残された物資の山!我が家ではとても使い切れない程の量だったので少しずつ小分けにしてご近所やお友達に貰って頂きました。
それでもまだたくさん残っているので、どうしたものかと考えた挙げ句、知人が避難所に物資を届けに行くと言っていたのを思い出し、一緒に持って行ってもらえるように頼んでみました。

知人が快く了解してくれたのでダンボール5つ程の物資を車に乗せて知人宅まで届けに行きました。

寒い中、水も電気も無い避難所での生活を強いられている方たちの事を考えると心が痛みます。少しでも助けになれば良いのですが・・・

そして被災したペットもたくさんいるはずです。その子達のお腹が少しでも満たされるようにドッグフードも知人に託す事にしました。


続く
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2011年03月24日

東日本大震災 5日目・6日目

3月15日 震災5日目

この日は午前中から小雨模様のお天気で肌寒い1日でした。
余震の数も相変わらず。

震災後、ゴミの収集はいつも通りに来ていたので、溜まっていた燃えるゴミを一気に出すことができました。

朝食後に小学校のプールにトイレ用の水汲みに行き、ついでに給水車から4リットルの水を貰って来ました。

パパは近所のスーパーに野菜などの買い物に行ってくれました。

その後は寒いし風邪をひいても困るので家でのんびりしていました。



3月16日 震災6日目

寒い1日でした。
午前中は家で部屋の片付けをしていました。
たまに大きな余震がきてドキッとします。
夜は少しずつ眠れるようになりました。

お昼頃、そろそろ我慢の限界なので近所の入浴施設に行ってみました。
これでサッパリできると思ったのですが駐車場は車で溢れかえっていて、入り口からのびる長蛇の列!
これは諦めるしかありませんでした(T_T)

仕方なく家でやかんにお湯を沸かして髪を洗って我慢しました。
ところが髪を洗っただけで気持ちが軽くなって気分がスッキリしました☆
避難所で不自由な暮らしを強いられている方たちに申し訳けなく思うくらいに・・・

そして夕方にパパの会社の人がお水とカップ麺、缶詰めなどを届けてくれました。
思いがけず昔一緒に仕事をした懐かしい顔に再会できて嬉しかったです♪

この日はこれで終了。

お留守番の時にテラが少量の血便をしていました。そして夕方には嘔吐も・・・
まだ安心できないのでしょうね。

そして夜から雪が降り出しました。

続く


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2011年03月23日

東日本大震災 4日目

3月14日 震災4日目

この日は早起きして朝食前に近所の公園に水汲みに行きました。既にたくさんの人が並んでいて水を汲むまで2時半かかりました。
この頃になると何をするのも並ぶのが当たり前。2時間なんて早い方!そんな気持ちになります。

お姉ちゃんは家族分の携帯電話を持って町内会館でやっている充電に並んでくれました。

パパは震災で壊れたカラーボックスや食器を捨てに小学校へ!

朝食後、パパは自転車で買い出しに出かけて行きました。私とお姉ちゃんは部屋の片付けをしていたのですが、その時急に家の換気扇が回り始めました!『電気が点いた♪』思わず2人でハイタッチしました♪これでIHが使える。真っ暗な夜からも開放される。少しだけホッとしました。

一安心して後、私とお姉ちゃんは徒歩と自転車でまたドラッグストアに買い物に出かけました。運良くお米がトラックから下ろされたところで、お米を10キロ買うことができました♪

家に戻って、髪を洗いたいと言うお姉ちゃんの希望を聞いて、やかんでお湯を沸かして洗ってみました。やかん1杯のお湯で洗えるのか分からなかったけど案外できるものですねぇ〜。髪が短いこともあるけれど、日頃のムダ使いを痛感しました。

その後、車で小学校のプールにトイレ用の水汲みに行き、この日の用事は終了!


夜、久しぶりに見たテレビには想像を遥かに越える悲しい映像が映し出されていました。
情報を得る手段がラジオと数枚の新聞だけだった数日間。まさか日本がここまで壊れているなんて思いもしなかったのです。
改めてパク・テラを含めた家族5人(3人と2匹)が無事だった事が奇跡のように感じました。

どのチャンネルを見ても涙が止まらないので、この日はテレビをつけずに過ごす事にしました。

続く
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2011年03月22日

東日本大震災 3日目

3月13日 震災3日目

この日も暖かい日でした。
とにかく並ばないと何も始まらないので暖かいのはとても助かります。
相変わらず大きな余震が多くとても怖かったです。

相変わらずの寝不足で軽く朝食を済ませてから私とお姉ちゃんは、とりあえず開いている店を探して食料や日用品の買い出しに出かけました。
近くのジャスコに行くと凄い行列!最後尾に並んで店員さんに話しを聞くと『待ち時間7時間です。日没で閉店なので待っていても買い物できないかも知れません。』だって!
ジャスコを諦めて近くをウロウロしていたらあるドラッグストアの前に程良い(笑)行列を発見!
並んで様子をみていたら日用品や飲み物、お菓子や食品が制限無しで買えるみたい☆
2時間半並んだけどトイレットペーパーやティッシュ、ペットシートやドッグフード、飲み物やウェットティッシュなどをたくさん買うことができました。
しかもそのお店はセールのままの値段だったので助かりました♪

その後、携帯の充電をしてくれると聞いたので町の役場に行ったのですが役場の電気も足りなくなったそうで充電はしてもらえませんでした。
その代わり、お水とバナナを頂いて無駄足にならずに帰って来ました!

その頃パパは自転車で仙台駅方面に買い出しに行っていました。電気が復旧している所もあって「焼きたての牛タン」を買って来てくれました♪

そんな訳でかなり豪華な昼食を食べて、午後からはまた近所の公園に水汲みに行きました。
またまた長蛇の列で2時間並んでお水を汲んで来ました!

夜はカセットコンロで作ったチャーハンを食べて、またまた家族対抗トランプ大会で盛り上がりました♪


パクは少しずつ落ち着きを取り戻してきましたがテラはショックが大きかったらしく、お留守番をさせると少し血の混ざったウンをしてしまいます(>_<)


ニックネーム はりねずみ☆ at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

東日本大震災 2日目

3月12日 震災2日目

大きな余震が度々起こるので全然眠れず、一瞬だけ眠りに落ちたのは明け方でした。
結局6時頃に布団から這い出して朝食の準備を始めました。

蓄暖の余熱で家の中はそれ程寒くありませんでした。水は温水器のタンクに数リットル残っていました。
卓上のカセットコンロで卵を焼いて買い置きのパンと暖かなコーヒー。
自宅にいられるからこその贅沢だと思いました。

午前中はめちゃくちゃだった家の中の片付け!
台所は食器棚の扉が片方だけ開いて食器が飛び出していました。
米びつが倒れてお米が散乱していました。
引き出しは全部全開!
でも冷蔵庫だけは何事もなかった様にそこにありました。
お姉ちゃんの部屋は教科書や雑誌が散乱して足の踏み場がないし、扉が二つ折りに開くクローゼットは荷物が挟まって開かない!!
寝室の棚に飾っていた写真立ては全部床に落ちてました。
パパの部屋は大量の本が散乱!壁際の机が部屋の中央まで動いてた!

ほとんどの部屋の壁のクロスが剥がれたりズレたりしています。

そんな諸々を片付けて午後からは水の調達に出かけました。

ラジオで聞いた隣の団地の小学校は水を求める人で溢れかえっていました。しかも配水車が渋滞で来られないとか!?そこを諦めて近所の公民館に行くと丁度給水の真っ最中でした。が、私の百人位前で水切れ。それから2時間並んで4リットルの水をゲット!そして家に戻る途中で近所の公園に数十人の列を発見!公園の水道から水を汲む人達でした。迷わず並んで2時間後に8リットルの水をゲット!
この日は疲れてこれで終了。

カセットコンロで作った焼きうどんを食べて、懐中電灯とろうそくの明かりの下、家族対抗トランプ大会で盛り上がりました。

お天気が良く暖かな1日だったのが何よりの救いでした。

パクとテラは余震が来る度にぶるぶる震えて私かお姉ちゃんに駆け寄って来ます。
お留守番をさせると不安なようで、テラが少量の血便をしてました。
そりゃあ、あんな大地震を体験したんだもん、体調がおかしくなっても無理はないよね・・・


続く
ニックネーム はりねずみ☆ at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

東日本大震災。

ネットがまだ繋がらなくて携帯からの更新です。
たくさんの応援のコメントありがとうございます。
一人一人にお返事ができなくてすみません。落ち着きましたらきちんとお返事させて頂きます。

記憶が定かなうちに今回の地震の事を少しずつ書いておこうと思います。

3月11日 PM2:46

私は仲良しのワンコ友達と3人でパスタランチの真っ最中でした。
食後のコーヒーを飲みながら話しをしていると縦揺れの地震・・・
数日前の三陸沖地震の余震かな!?きっとすぐに治まるだろうと思っていました。
ところが、治まるどころか激しさは増すばかりで、グラグラと揺れる横揺れがそれはそれは長い時間続きました!
私達はテーブルの下に潜り込んでテーブルの足を握りしめているしかありませんでした。
やっと揺れが治まって周りを見渡すと、顔面蒼白の店員さんが『危険ですので外に出て下さい!』と叫んでいます。
店の中はぐちゃぐちゃで照明が中途半端にぶら下がっていました。
ガクガク震える足でどうにか外に出た途端に部活で学校にいるお姉ちゃんと家で留守番しているパクとテラの事が心配でたまらなくなりました。

店員さんに清算を申し出ると『今日はこのままお帰り下さい。』と言われたのでお礼を言い、お友達とのお別れもそこそこに車に戻りました。

地震直後に停電。信号機も動いていません。
パクとテラの事も気がかりでしたがケージの中なので何とか無事でいてくれることを信じて、すでに渋滞が始まっている道を1時間かけて学校にお姉ちゃんを迎えに行きました。

学校に着くと雪が降る中たくさんの生徒達が校庭に避難していました。部活中だったので半袖の子も・・・(>_<)
その中にお姉ちゃんの顔を見つけて一安心!
また1時間かけて家に戻りました。

家の玄関を開けると、床は足の踏み場もない状態!!
とりあえずスリッパを履いて二階のパクとテラの元へ。
ケージが激しく移動して、部屋の中はめちゃくちゃだったけどパクもテラも怪我はありませんでした。

暗くなる前に1階の和室を片付けて居場所を確保し、パクとテラが出ないようにバリケードをしてから食料品と飲み水の確認。
水は温水器に残りがありました。食料品は買い置き分と非常用持出し袋の中に2日分!

こんな事をしている間も大きな余震がひっきりなしに起こりました。

夜。余震で眠れず。
AM3:30頃たまたま松本に出張中だったパパが来てくれた。

続く

ニックネーム はりねずみ☆ at 18:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

無事です!

皆さんにご心配をおかけしています。
家族全員無事に過ごしています。
今日の午前中に電気が復旧しましたが、水道は未だに復旧せず毎日水を求めて長蛇の列に並んでいますが元気にしていますので安心して下さい。
自宅で過ごせるので食料も何とか大丈夫です!

落ち着いたらまたアップしますね。

ニックネーム はりねずみ☆ at 17:56| Comment(5) | TrackBack(0) | 3.11 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする